2010年06月21日

20年前の一人旅A イスタンブール

20年前の一人旅A
6月20日 早朝 クアラルンプール着
イスタンブールへは 夕方の出発なので一日観光ができる。
町中を見て 夕方空港へ。 夜のフライト。


6/21イスタンブール
やはり早朝に到着。バスで中心地まで移動。
何人か 日本人もいる。
南回りのいいところは 大概朝につく便が多い。一日あればホテルも探せると思い事前に予約はせずに、現地入りをした。
とりあえずバックパッカーのバイブル「地球の歩き方」の宿を目指していたが、バスで一緒だった日本人とブルーモスクの前に半紙をしていると、案の定トルコ人が日本語で話しかけてきた。
Turkey 13.JPG
「もじゃもじゃ頭のトルコ人と 一緒だった日本人旅行者と。もう一人のトルコ人が撮影」

「トルコのじゅうたんはいかが?おみやげに最適よ」と。
じゅうたんなんか眼中にないが、見るだけでいいし、お茶飲んでいけばということで、とりあえず見に行く。
トルコ人いわく トルコのじゅうたんが一番品質がよいとのこと。
でもぜんぜん興味がないので、お茶だけごちそうになり、行こうとすると、ホテルも手配してやるというので、とりあえず一緒に見に行くことに。
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質素なシングルルームだったが、屋上からブルーモスクとアヤソフィアそして後ろにはボスポラス海峡(写真のように)が見える。
値段は覚えていないが、たぶん20ドルくらいかな。トルコでは高いのだろうが、最初のホテルなので、そこで2泊することにした。

その後 お昼も一緒にとトルコ人に誘われる。もう一人の日本人が女性だったこともあり、サービスなのか?、暇なのか?、商売上手なのか?
でも一般の人が行きそうな大衆レストランでのトルコ料理はなかなかおいしかった。

Turkey5.JPG
その後まずはトルコの象徴 スルタンアフメト・モスク(通称ブルーモスク)へ。1453年 それまで 4世紀から続く東ローマ帝国(ビザンツ帝国・ビザンティン帝国)からオスマントルコに変わり、オスマン帝国の第14代スルタン・アフメト1世によって1609年から1616年の7年の歳月をかけて建造された世界でもっとも美しいと評されている。モスク自体 あまり縁のないものだったので、興味津々。
Turkey1.JPG
とにかくデカい。そして中にはじゅうたんがひきつめられていて、お祈りの人々がそれぞれにひれ伏している。

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その後アヤソフィアへ。
 東ローマ帝国時代に正統派キリスト教の大聖堂として建設されたもので、帝国第一の格式を誇る教会で、首都コンスタンチノーブルだったころはバチカンに対抗できる、巨大な教会だった。
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その後 オスマントルコに制圧されて、モスクになり、現在は美術館のようだ。

そして外へでたら、またじゅうたん屋の彼らに遭遇。夕食も案内するというので、またつれていってもらう。
その前についでにおじさんがやっている革製品屋へつれて行かれる。買わなくてもいいのでお茶だけ飲んでくれれば、おじさんに顔が立つのでとのことなので、お茶だけしてきた。6月のイスタンブールは暑いので、皮ジャンは必要ない。(夜は結構寒かったので需要はあるかも)

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その後新市街のヒルトンの最上階レストランへ。まさかここかと思ったが、ここは見るあけだそうだ。席にも着かず、オープンテラスからイスタンブールが一望できる絶景のビューポイント。

その後 大衆食堂で トルコ料理。
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ビジネスを離れると 面白いトルコ人。

けっこう酔っぱらって、ホテルへ
ホテルの屋上へ。
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ブルーモスクとアヤソフィアがライトアップ。

イスタンブールは 東洋と西洋の交差点。
非常に感銘を受ける。
posted by k-senda at 23:13| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 20年前の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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