2009年01月10日

パレスチナ1948・NAKBA アーカイブス版試写会

DSC_4427.JPG
昨日 <パレスチナ1948・NAKBA アーカイブス版(完全版)>の試写会を見に行きました。
<<nakuba website>>
約1時間の 序章を上映。
各章のさわりの部分を 放映。

オープニング 各章サマリー もくじ 地図 年表 使い方

1章 1948年に何が起こったか  
   2つのダリヤ/ユダヤ人の視点からの証言/歴史の検証

2章 虐殺の村と都市
   デイル・ヤーシーン村/タントゥーラ村/ダワーイマ村/リッダ村

3章 イスラエルの中のパレスチナ人
   イクリット村とバルアム村/2つのエイン・ハウド村/イスラエルの中のパレスチナ人

4章 レバノンの中のパレスチナ難民
   サブラ・シャティーラの虐殺とヒズボラ/キファーの物語

5章 1967年〜2007年
   占領 和平 戦争 入植地 インティファーダ

6章 ユダヤ人の平和運動家たち
   マツペン アキバ・オール シュロモー・サンド

7章 イスラエルとユダヤ人のアイデンティティ
   遺伝子学 ハザール研究 考古学 聖書学

8章 村への帰還
   タル・サーフィ村/リフタ村/バルクースィヤ村

9章 消えた村々の記録
   地区別250の村と市の映像と、難民たちの証言

DSC_4434.jpg
その後に 今回のアーカイブスを資金的、人的にサポートした、 『1コマ』サポーターズ代表の森沢典子さんが挨拶
「広河さんはフォトジャーナリストでありながら、その間に撮影したビデオを今回まとめることが出来ました。
今回のガザで起きていることは、1948年から繋がっていること。
このことに声を上げないと 肯定していることになる。 イスラエルでは1万人 パリ5万人の反対デモが起きた。
1月10日は 東京では1000人集まるか?です。」

DSC_4441.jpg
つづいて 板垣雄三先生
「序章試写を見たのは 意義深い
ナクバは 歴史的ではなく、2008年は それから60年経った。それは60年前の事件ではなく、その後も60年繋がっている。

今 また 文字通り 新しいナクバがおきている。
ガザで おきていることだけではなく、 世界的に ナクバがおきている。

今 今夜 私たちが こういうことを考えている時、 ナクバとは いろいろな意味でなんなのかが、現実の問題としてもはっきりしていく、どちらへ向かっているのかがはっきりしている。

その時にここに 集まっているのは大事だ。

世界の中東化が起こっている。
アメリカ合衆国の (ネイティブアメリカ的な)アメリカ化 イスラエルはどんどんパレスチナ化している。

犯罪国家イスラエルが どんどん自滅に進んでいる。

ガザが かっての ユダヤ人たちが蜂起した、ワルシャワゲットーの絶望行為と見なされたことと一緒ではない。ガザ で 重武装の軍隊が、 民間人へ 攻撃をしている。 そんなことをやっているイスラエル国家というのは絶対に長続きしない。

1980年代 ハルカビー氏は「 1930年代 世界中は 軍国主義へ突き進んでいく日本はどうなってしまうのか 心配していた。しかし現在の日本のように、 イスラエルも そのうち 変わる」と話していた。
第二次大戦末期、ホロコーストが起きて、その後  米・ソ連 の共同で イスラエルを作った。 そこから、ナクバ(パレスチナへの虐殺)が起こっていく。

日本の社会は パレスチナ問題は 遠い国の話としている。 でも古くからから深く関わっている。
第一次大戦 が終わった直後 知の歴史を 考えたとき 内村鑑三という 思想家 が 「バルフォア宣言を聞いたとき、 これで キリスト再臨が 近い」と 全国で 説いた。

ユダヤ人国家ができてくる、 ことを非常に大きなインパクトとして受け取っていた。
それは アメリカのキリスト教 社会にもいえる。

1963年 日本人3名が テルアビブ空港を 襲撃。 そこから自爆攻撃という「テロ行為」が始まった。

欧米は いままで いじめてきた ユダヤ人への償いとして、 イスラエル国家を建設する。
それも 自分たちの血を流さずに、 パレスチナの血で代償させる。

外電では 自爆攻撃の ことを 神風 と伝えている。それをメディアはテロと訳す。
日本という国はそういう 神風をやった国として 考えさせられる。
日本人にとって、内村鑑三、赤軍 などの恥ずべき日本のパレスチナとの関わりだったが、今回のアーカイブスは日本から 世界へ向けて「ナクバ」を広めることが出来る、広河さんの偉業は 日本人として誇りに思っていい。

DSC_4442.jpg
池田香代子さん

広河さん が 一人で あれだけのものをつくったことも、 若い森沢さんが 背中を押して出来た「ナクバ」は奇跡だとおもう。

私は今回の空爆が起こるときに、ちょうど読んでいたのが、岡真理さんの 「アラブ 祈りとしての文学」でした。

今回は「祈り イメージ」の章 より 抜粋したものを読み上げたいと思います。
(早すぎて 聞き取れず。)

DSC_4447.jpg
広河隆一さん

今回のガザの空爆でのメディアは、一番ましだと思っていた、東京新聞でも、ニューズウェイークでも 「暴力、連鎖」ということばで語られている。新聞記者だったら、まずは その根本を語るべきではないか!?
信頼している朝日新聞の記者の書いたものでも、その人は 中東の専門家なのに「原因はすべて ハマス イスラエルは 報復攻撃」という。

ロバート・キャパはパレスチナで難民を撮影しているが、ユダヤ人の難民しか 撮影しなかった。

イスラエルには
無理難題を押しつけても「ハイハイ」 という パレスチナ人は いい人
故郷をいつまでも思っているパレスチナ人は わるいパレスチナ人 と考える

ハマスの幹部が 自分たちの抵抗する権利はないのか? という声を出す人も悪いやつ。

メディアがいう、ハマスが一方的に 殺しているというのは 本当なんでしょうか?
新聞社は 歴史を見て、ちょっと検証すればわかることではないか?

AP通信の 記録によると、
2006年 1月 からこの2008年12月までに、
ハマスのロケット攻撃で出た死者数 17人
パレスチナ人の死者 446人

現在の12月末の攻撃から1月8日までの攻撃で
パレスチナ人の死亡者は 670人以上
イスラエルの死者 10人


パレスチナ問題は、よく 200年の歴史だし、宗教だし、とても難しいことと、敬遠するメディアなどがあるが、そんな難しいものではなく、 48年に 何が起こったか? を見たら わかること。1947年 国連決議によってパレスチナ分割案により、二つの国をつくることが、決められたが、
イスラエル国家が出来たとき、 多くのパレスチナ人がその国の中に住んでいたら、国家は安定しない。そこで、ユダヤ人は 、D計画と呼ばれる 移送計画 を考えた。
それは恐ろしい言葉で、ナチスのアイヒマンが行ったこととして ユダヤ人がよく知っていること。
そういうことが、イスラエル建国には 計画的に考えられ、実行(ナクバ 虐殺)してゆく。

ラビン暗殺後に、ペレスが 選挙に負けそうになったとき、 ガザの ハマス指導者を空爆して、力を堅持した。そのことから、 イスラエルで 自爆攻撃が起こった。

イスラエルは こんな残虐なテロ(自爆攻撃)を仕掛けてきたテロリスト ハマスに報復するとして、テロとの戦いを始めたが、実際には、このペレスのハマス指導者への国家テロが引き金で暴力の連鎖が始まった。

物事は、どこから とりあげたかによって、 何が原因なのかがわかるが、まさに西側メディアは 自爆テロがパレスチナ問題の始まりのように報道する。

48年のナクバから語ることで、 出発点をはっきりし、本質が見える来る。
国際社会が、本質を見抜いて、法秩序が回復すれば、パレスチナ人は過激なグループではなく、穏健な指導者を選ぶようになるだろう。

<<以上 イベントでメモしたものですから、ところどころ間違いもあるかもしれません >>

さすがに20万円を出すことは出来ませんが、近くの図書館へ リクエストをしてみようと思います。

いよいよ 明日 ガザに光をのピースパレード<<リンク>>です


にほんブログ村 政治ブログ 人権へ
posted by k-senda at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。